沖縄県のガマと地下壕:具志の地下壕群;那覇市具志3丁目
写真撮影:2006年9月~2012年12月

地下壕-A: ”火炎放射器”により煉瓦色に変色した 「ニービ(小禄砂岩)」。 戦後60年経っても変色は残ったままでした。  撮影:2006年9月。

(左)地下壕-A: ゴミが地下壕の右奥から流れてきています。 正面の壁には戦争当時掘削したツルハシの跡が残っていました。 撮影:2008年3月。
(右)地下壕-A: 2012年9月の台風16号による豪雨のために,地下壕の斜面が崩壊して坑口が露わになりました。  撮影:2012年12月。

地下壕-Bの坑口。 坑口はニービのブロックで塞いでありました。  撮影:2006年9月。
記事

・那覇市の南西部と豊見城市との境界部分は,小高い尾根となっています。
 那覇市側の具志3丁目には,かつて数箇所の地下壕が存在しましたが,宅地開発に伴う整地などで殆どが消滅しました。
 2006年当時,那覇市内の多くのガマや地下壕では,坑口が完全に封鎖されていなかったので,地下壕の中を観察したり撮影するとができました。

・写真で紹介した二つの地下壕も,最近対策工により坑口が封鎖されたという情報があります。

引用文献[1フィート運動の会 活動報告]

1992年10月10日の調査によるNo.65~No.69 のいずれかと思われます。しかし,本ページの壕がどれに該当するか不明です。

関連情報

① 那覇市立教育研究所の公開資料(小禄地区 No.17以降) には,合わせて6壕の記載があります。しかし,本ページの壕がどれに該当するか不明です。

最終編集日:2020年3月18日