沖縄県のガマと地下壕:海軍司令部壕;豊見城市字豊見城,那覇市小禄(字)
写真撮影:2008年3月

戦争遺跡として一般に公開されている「旧海軍司令部壕」です。 写真の場所の天盤(天井)には,コンクリートが使われています。

司令官の幕僚が手榴弾で自決した破片の跡です。 この部屋は,コンクリートで覆われています。

(左)壁が白いのは,海成の小禄砂岩層(ニービ)に含まれていた海水の石灰分が,現在の地下水と共に壁からしみ出して固化したからです。
(右)壕内の所々には,天盤が崩落防止のために,鉄製の支保工が設置されています。 よく見ると,支保工の後ろは「丸太」で補強されています。

天盤を支える「支保工」の復元模型と,支保工を納める溝です。

(右)ニービを掘削したツルハシの跡が残っています。
記事

★「海軍司令部壕」案内パンフレットより
  『この壕は,1944年日本海軍設営隊(山根部隊)により掘削された司令部用の地下壕です。
  当時は全長が450mあり,4000人の兵士が収容されていたそうですが,現在はその内275mが一般に公開されています。
  この壕では,太田司令官が自決に際し「沖縄県民の献身的協力」について記した電報を海軍次官に宛てて発信した壕,としてよく知られています。』

本壕は,(一財)沖縄観光コンベンションビューロー(098-850-4055)が管理しており,予約なしで入壕できます(料金は大人440円)

修学旅行(高等学校)の平和教育受け入れ壕です。

引用文献[1フィート運動の会 活動報告]

調査日:1992年9月23日より数回 No.53
 ・様 子:当時の全長は約450m。 現在の長い階段(入り口)は公開時(1970年)に設置したもの。 未公開部分が3分の1ある。
      そこ(底?)にはビールビン,薬ビンなどが散らばり土砂が堆積しているところもある。
      公園外れの壕入口(奥行約8m)を,1フィート運動の会で
       92年9月から遺骨収集作業を5回行なった。(68年当時遺骨があったと国吉勇さんの証言)
 ・形 態:構築
 ・使用者:海軍
 ・遺 品:ビールビン(大日本),薬ビン,杭木
 ・土 質:ニービ,琉球石灰岩

関連情報

① 「海軍司令部壕」,沖縄の戦跡ブック『ガマ』,pp.72-pp.73,沖縄県高教組教育資料センター編集,2009年,ISBN978-4-903042-16-9
② 「海軍司令部壕」,沖縄の戦争遺跡,p.36,沖縄県平和祈念資料館編集,2007年,ISBN978-4-903042-14-5
③ 旧海軍司令部壕:沖縄県戦争遺跡詳細分布調査(Ⅰ)―南部編―,沖縄県立埋蔵文化財センター調査報告書第5集,pp.76.-77.,2001

最終編集日:2020年3月11日