茨城県:霞ヶ浦南岸の干拓地
地形の特徴

干拓,海抜マイナス,海抜ゼロメートル

地形の三次元イメージ :

かつての「霞ヶ浦」には,入り江であったり,それに繋がる川であった場所が数多くありました。
戦後,食糧増産の掛け声のもと,それらの多くは「干拓」によって陸地へと転換され,ほぼ全てが水田となっています。
干拓なので,当時の湖底はそのまま地表面になりました。 その後,客土の投入があったでしょうが,当時の湖水面の標高より上になることはありませんでした。
霞ヶ浦の水面標高は「0m」です。よって,干拓地の多くは,マイナスの標高となっています。
地形の三次元イメージ(今昔マップ on the Web)
‼マウスオーバー‼  地図上にマウスを乗せてください。「今昔マップ on the web 1/5万 古地形図(1894-1915年,出典:下記)」を表示します。

霞ヶ浦の南湖畔に注ぐ「小野川」の合流点付近です。小野川の最下流部にあった沼地と,「稲荷ノ鼻」近くの入江は,いずれも干拓により陸地化されています。
水田の場所は,おおむね標高が-2.2m程度です。 一方,干拓地内でも人家のある場所(例,稲波地区)は標高0.5mと,かなり盛土が施工されています。
地形の三次元イメージ(今昔マップ on the Web)
‼マウスオーバー‼  地図上にマウスを乗せてください。「今昔マップ on the web 1/5万 古地形図(1894-1915年,出典:下記)」を表示します。

「霞ヶ浦浮島湿原」近くの元入江の殆どが,陸地化されてしまいました。しかし,その方法には微妙な違いがあるようです。
水田として利用されているところは,入江を干拓しただけのようで,地表面の標高はマイナスです。
一方,草地や非耕作地では,一部を除いて海面より高い土地が多いようです。
すなわち,水田は低いところに作られている,という事実があるのです。
【引用情報・参考情報】

【引用情報】

【参考情報】

【お断り】