奈良県:「明治十津川大水害」の深層崩壊で形成された大畑瀞(天然ダム)
地形の特徴

豪雨災害,深層崩壊,堰止湖,天然ダム

地形図と地質図の三次元イメージ:霞ヶ浦とその周辺
地図上で1回クリックすると,産総研・地質調査総合センターの「1/5万 地質図幅『竜神』(出典,下記)」を表示します。 ダブルクリックで元に戻ります。

1//5万 地質図幅『竜神』の主な凡例は,ここをクリックしてください。 別ウィンドウで表示します。
  • 「明治十津川大水害」は,明治22年(1889年)8月18日から19日かけて奈良県南部を中心に降り続いた大雨により,熊野川流域で発生した大規模な水害(浸水と土砂災害)のことです。
  • 当時の十津川郷(現十津川村)では壊滅的な被害が生じ,北海道「新十津川村」に集団移転を余儀なくされた水害でもあります。
  • 熊野川の支流である「西川」の枝谷でも大規模な「深層崩壊」が発生して「天然ダム(堰止湖)」が形成されました。
  • 5万分の1地質図幅『竜神』によると,深層崩壊を起こした滑落崖のほぼ中央に「玉垣内断層」が推定されています。
    「勇川,2013」では,地質調査の結果この断層を確認したことと,その断層が深層崩壊の原因の一つではないか,と推定しています。
  • このダム湖(大畑瀞)は,その後も決壊せずに残っていましたが,平成23年(2011年)8月末の台風12号による大雨で,天然ダム湖からの越流と浸透流によってダムの堤体が崩壊し,土石流が発生しました。 現在,奈良県によって対策工事が行われています。
1mDEMによる標高段彩図 :大畑瀞とその周辺
  • 前述のように,明治十津川大水害で生じた天然ダムの堤体は,2011年8月末の台風12号のよる大雨で崩壊して土石流となって下流側に押し出しました。
  • 1mメッシュ(DEM)を使用した標高段彩図では,天然ダムの堤体下流部分の土砂が撤去され,谷の両岸斜面が整形されていることがわかります。
  • また,天然ダムの上部に2箇所の砂防ダムが建設されたこともわかります。 越流による崩壊を防止するためと思われます。
  • 天然ダム湖は,下流側集落の生活用水として利用されているとのことで,このダム湖は水源として今後も残されることでしょう。
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