北海道:モエレ沼は巨大な遊水地だったのだ
地形の特徴

河跡湖,三日月湖沼,自由蛇行,豊平川

標高段彩図と治水地形分類図の三次元イメージ:
標高段彩図上で1回クリックすると,国土地理院の「治水地形分類図・更新版(出典,下記)」を表示します。 ダブルクリックで元に戻ります。
  • 豊平川(捷水路)が石狩川に合流する直前の左岸側に,「モエレ沼公園」があります。
  • 豊平川が石狩平野を自由に蛇行していた頃の痕跡である「河跡湖(三日月沼)」の還流部分を,公園として整備したものです。
    注 豊平川ではなく「石狩川」がかつて流れていた,と記載されている資料もあります。
  • 国土交通省発行の「治水地形分類図」を参考にすると,かつての豊平川は石狩川には合流せず,モエレ沼を流れてからは「現伏籠川」へと流れていったのでは,とつい想像してしまいます。
  • モエレ沼がどのようにしてできたのかは,中々わかり辛いのですが,一つはっきりしていることがあります。
    公園の水辺という観光やリクリエーション機能よりも,この付近を流れる多くの小河川の「遊水地」である,という機能のことです。
    この付近は石狩低地で河川からの溢水はん濫や,河川に水を吐けない内水氾濫の高リスク地なので,この沼を巨大な水がめとして利用しているのです。
【1919年発行の古地形図】
  • 事務局が入手できる最も古い地形図(1916年)でも,現在と同じくモエレ沼は豊平川と繋がっていたような痕跡はありません。
  • 豊平川は,札幌面と平岸面という二つの扇状地(現河成段丘面)を形成しました。 扇状地形成の初期は,扇頂部からほぼ北の方向に流れていて,扇状地の発達とともに東へと流れる向きを変えたことがわかっています
  • この東遷の過程のどこかで,モエレ沼を流れていたのでしょうが,残念ながらそのことに言及している資料に行き当たっていません。
【現場写真】

札幌市営地下鉄東豊線の環状通東駅からのバスで約20分。 モエレ沼公園西口バス停下車で,徒歩約5分のところにある「水郷西大橋」。
写真下にある草地は「高水敷」と思われます。 洪水時には,ここを超えて水が溜るのですね。 そう言えば,左下は堤防だった。

帰るためにモエレ沼公園東口バス停に向かう途中の「水郷東大橋」。 かつて豊平川であったとしたら,この方向は下流側になります。
橋近くの川面には,沢山の水草が浮いていました。 写真左のピラミッドに隣接する建屋には,エレベータで登れる展望台があります。

その展望台からの眺めで,古豊平川の上流側になります。 遠くは札幌市街地でしょうか?
【引用情報・参考情報】

【引用情報】

【参考情報】

【お断り】