沖縄県:石灰岩で構築された城塞群(今帰仁城,座喜味城,勝連城,中城城)
地形の特徴

・今帰仁城(なきじん): 古生代ペルム紀~中生代ジュラ紀,付加体,今帰仁層(石灰岩),隆起サンゴ礁,石灰岩,世界遺産
・座喜味城(ざきみ): 付加体,名護層(泥岩・千枚岩),国頭礫層,隆起サンゴ礁,琉球石灰岩,断層地形,世界遺産
・勝連城 (かつれん): 島尻泥岩層,隆起サンゴ礁,琉球石灰岩,世界遺産
・中城城 (なかぐすく): 島尻泥岩層,隆起サンゴ礁,琉球石灰岩,世界遺産

地形の三次元イメージ : 今帰仁村,今帰仁城
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琉球が統一される以前の三山鼎立時代の13世紀ごろ,「北山王」の居城だったところです。
古生代ペルム紀~中生代ジュラ紀に,太洋の海底で堆積した「石灰岩」が,ジュラ紀~白亜紀に「付加体」となった後に隆起した土地です。
【現場写真】 今帰仁城址

城壁の石垣は,加工し易い「琉球石灰岩」では無く,古生代~中生代の「石灰岩」を切り出して使用されたそうです。
地形の三次元イメージ : 読谷村,座喜味城址
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1420年ごろ,読谷山の按司だった「護佐丸(ござまる)」が築城した,と言われています。
中生代・白亜紀に,太平洋の海底で生まれた「泥岩層(白亜紀・付加帯)」の上にお城は作られています。
【現場写真】 座喜味城址

城壁は,「琉球石灰岩」のブロックを積み上げて作られています。
地形の三次元イメージ : うるま市,勝連城址
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14世紀の初頭ごろ,勝連按司によって小高い山の頂上に作られた,とされています。
この山の大部分は,「島尻泥岩層」と「国頭礫層」ですが,城壁は「琉球石灰岩」のブロックを積み上げて作られています。
【現場写真】 勝連城址

この城壁は「琉球石灰岩」のブロックを積みなのですが,戦後修復されたもので14世紀当時のものではないそうです。
地形の三次元イメージ : 中城村,中城城址
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城の創建は14世紀とされています。 15世紀には,座喜味城の「護佐丸」が城主となりましたが,16世紀には琉球王朝の直轄地となったそうです。
城は断崖絶壁に面して作られており,頂上部のみが「琉球石灰岩」で,急崖の大部分は「島尻泥岩層」です。
なお,この泥岩層は,地すべりが起きやすいので,要注意の地盤です。
【空中写真】 中城城址

「中城城」は,中城湾に少しだけ張り出した岬の最高点近くに作られました。 海上の見張りが目的の一つだった,と想像します。
【記事,引用情報と参考情報】

【記事】

  • 今帰仁層: 古生代・ペルム紀(約2.7億年)~中生代・ジュラ期(約2億年)の砕屑性石灰岩~ タービダイト。 ジュラ紀に付加体となる。 年代は推定。
  • 名護層: 中生代・白亜紀(約1億年)の泥岩,千枚岩,緑色岩など。 白亜紀に付加体となる。 年代は推定。

【引用情報】

【参考情報】

  • 参考図書:そしえて文庫100,地図の風景 九州編Ⅲ 鹿児島・沖縄,pp.116-119,pp.143-1147,pp.148-151,pp.152-155,そしえて刊,1982年05月20日
  • 新城 竜一:琉球弧の地質と岩石:沖縄島を例として,土木学会論文集 A2(応用力学),Vol.70,No.2,I_3-I_11,2014年

【お断り】