群馬県・長野県:浅間火山の大規模火砕流と岩屑なだれ
  (日本の地質百選:浅間山)
地形の特徴

火山地形,火山山麓,溶岩流,火砕流,泥流

地形と地質の三次元イメージ : 浅間火山の北斜面
三次元地形図上でマウスクリックすると5万分の1 浅間火山地質図(出典,下記)」を表示します。 ダブルクリックで元に戻ります。

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  • 浅間火山は3期に分けられます。 まず,50万年前頃,西側の「烏帽子火山」や「高峯火山」が活動しました。
  • 徐々に東に移動し,約10万年前頃には「黒斑火山」が活動を開始しました。 約2.3万年前に,黒斑火山は「山体崩壊」を起こしました。
  • その後は「離山火山」,「黒斑火山東麓」,「小浅間火山」などが活動しました。
  • 1.7万年前頃から「仏岩火山」の活動が開始しました。 1.3万年前の噴火が最大規模となり,その後終息に向かいました。 なお,仏岩火山の噴出物は,前掛山・釜山の噴出物に覆われているので,直接目視できません。
  • 約8,500年前ごろ,現在の浅間火山の位置にまず「前掛山」が活動を開始しました。 大きな火口が形成された後,その火口の中に「釜山(かまやま)火口」が活動を開始して現在に至っています(二重火口)。
  • 釜山火口からの溶岩流や火砕流kの全ては,北斜面に向かって流れ出ています。 釜山火口が外輪火口の北側に接していることに関係があるのでしょう。
地形と地質の三次元イメージと現場写真 : 浅間火山,鬼押出し溶岩流(M8)
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  • 『5万分の1 浅間火山地質図』では,1783年(天明三年)8月4日の浅間火山・釜山火口の大噴火の際には,「スコリア流:M6」,「吾妻火砕流:M7」,「鎌原火砕流/岩屑なだれ:M8」,「鬼押出溶岩流:M10」の順に噴出したと記載されています(ただし,M10の方が早かったという異論もあります)。
    地質図で「M5」~「M10」と記されている地層は,すべてこの時の噴出物となります。
  • 鬼押出溶岩は,安山岩質のため粘性が高く,流動性は低いという特徴があります。
    地質図上での先端は,標高約1176m付近なので,火口からの水平距離は約5kmです。 もし,粘性の低い玄武岩なら,吾妻川まで流れたかもしれません。
  • 粘性の高い溶岩は,冷えて固まる際に数多くの「ブロック」を形成することが知られています。

群馬県北軽井沢の地蔵川地区から撮影した,中央火口丘の「釜山」です。  朝日の当たっている凹凸の岩は,ぼ全て「鬼押出溶岩」です。
釜山の北側火口壁にある黒い塊は,空中写真にも写っているほどの巨岩で,もちろん現在もあります。
白い雲は,山頂火口からの水蒸気です。
地形と地質の三次元イメージ : 天明三年8月の鎌原火砕流の痕跡
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鎌原火砕流(岩屑流[岩屑なだれ]堆積物)

  • 1783年(天明3年)8月4日,釜山火口から大量の「吾妻火砕流(火山砕屑流):M7」が噴出し,北麓(群馬県)に流れ下りました。
  • 翌5日には,火道中の熔岩が巨大な岩塊となって噴出すると共に崩壊して「鎌原火砕流(岩屑なだれ):M8」が発生し,前日同様に北麓に流れ下りました。
  • 鎌原火砕流(岩屑なだれ)は,前日の吾妻火砕流堆積物を巻き込んで「吾妻川」に達し,川を一時的に堰き止めて天然のダム(堰止湖)を作り出しました。
  • 後日,このダムが決壊したために,下流の利根川にまで及ぶ大洪水が発生しました。
  • 「P02:嬬恋軽石流堆積物」の上に作られていた「鎌原観音堂」は,小高い丘となっていたため,天明三年の噴火に際し鎌原集落の避難場所になりました。
  • 観音堂に登るためには九十余段の石段を登る必要があったのですが,鎌原火砕流が押し寄せたことによって,十数段を残して石段は火砕流に埋もれてしまいました。
 画像出典 : 故川崎逸郎著 『風景あるくの記』 [動くこと大地の如し ―地形面交替の悲劇―]

昭和30年代の鎌原観音堂
地形と地質の三次元イメージ : 浅間火山の南東斜面
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  • 驚きなのは,「軽井沢駅」や「旧軽井沢」など,南軽井沢と言われている一帯は,かつて湖だったという事実です。
  • 『5万分の1 浅間火山地質図』では,浅間火山の「軽石期」に噴出した「第一小諸軽石流堆積物:P3」が湯川を堰き止めた結果,であると推論しています。
  • 堰止湖による湖成層が「碓氷峠」の少し手前にまで分布していることから,標高約440m付近より低い土地は水没してしまった,と考えられます。
  • 地質図によると「離山火山(溶岩円頂丘)」は,浅間火山とは直接関係はないとのことです。
地形と地質のの三次元イメージ : 浅間火山の南西斜面と流れ山
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  • 「黒斑火山」の山頂東部は,かつて「山体崩壊」を起こしました。
  • 崩壊によって生じた「岩屑なだれ」は,当時存在しなかった浅間山の方に流れましたが,やがて南北に分かれて黒斑火山の山麓を流れ下りました。
  • 北側に向かった岩屑なだれの痕跡は「応桑岩屑流堆積物:Ok」なのですが,この岩屑なだれは当時の吾妻川に流れ込み,利根川の上流にまで流れたことがわかっています(前橋泥流)。
  • 一方,南側に向かった岩屑なだれは,場所によって「塚原岩屑流:K4」と「塩沢岩屑流:Sd」と呼ばれています。
    これらのうち,K4は佐久市塚原地区に多くの「流れ山」を残しました。
    なお,その後に発生した「P3」や「P4」の軽石流によって,K4の上流部は覆われ,直接目視できる状況ではなくなっています。
【記事,引用情報と参考情報】

【記事】

  • 「鬼押出溶岩流」の末端に近い標高1350m~1400mにかけての場所に,「鬼押出し園」という,堆積した溶岩の間に観察用遊歩道が整備されている民営の観光施設があります。 なお地形図には「火山博物館」の記載がありますが,2020年に閉館し,鎌原地区に移転しました。

【引用情報】

【参考情報】

【お断り】