| 山口県:野坂火山群によって起きた徳佐盆地での河川争奪 |
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| 地形の特徴 |
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河川争奪,水系変遷,湖岸段丘,埋設谷,火山地形 |
| 地形と地質の三次元イメージ : 徳佐盆地,阿武川,佐波川 |
‼マウスオーバー‼ 地図上にマウスを乗せてください。産総研・地質調査総合センターの「1/20万 シームレス地質図(出典,下記)」を表示します。![]() 「徳佐盆地」は,北東-南西方向に延びる「津和野-岐波構造線(右横ずれ断層)」によって形成された,細長く延びた盆地です。 現在流れている「阿武川」は,津和野との境界付近から南西に流れていますが,かつての徳佐盆地は「津和野川」の流域でした。 元々,徳佐盆地を取り囲む地質は,中生代後期白亜紀(8千万年ほど前)の火成岩(溶岩や火砕岩)と堆積岩(砂岩や泥岩)でした。 ところが,第四紀チバニアン期(50万年ほど前)に至って,徳佐盆地の北の端で火山が突如噴火したため,古津和野川が堰き止められたのです。 |
| 河川争奪(前・後)の状況 |
![]() 「津和野川」から「阿武川」に変わった一番の原因は,第四紀チバニアン期(約50万年前)頃に噴火した「野坂火山群」です。 噴出した溶岩や火砕岩によって津和野川が堰き止められ,「古徳佐湖」と呼ばれる湖が生じ,湖底には土砂が堆積しました。 やがて,「阿武川」の谷頭侵食によって,谷頭が古徳佐湖に達し,湖の水が排水されるようになると,川の流れる方向が逆になりました。 また,「佐波川」の谷頭侵食によって,「旧朴川」の上流部が奪われてしまいました。 |
| 地形の三次元イメージ : 徳佐盆地(北部) |
![]() かつて存在した「古徳佐湖」で,湖底に土砂などが最も厚く堆積した場所が,「徳佐盆地」北東端の「徳佐地区」です。 阿武川の侵入に伴って,古徳佐湖の南側から排水が始まりました。 排水が完了すると,徳佐盆地(北部)では「扇状地」や「河成段丘」が複数形成されました。 |
| 地形の三次元イメージ : 津和野側からの徳佐盆地 |
![]() 津和野市街地上空から俯瞰したイメージ図です。 「野坂火山群」が活動する前の徳佐盆地の標高は,津和野盆地とあまり変わらず,谷も土砂で埋設されていない「V字谷」だったと思われます。 |
| 地形の三次元イメージ : 阿武川の進入口 |
![]() 「阿武川」の谷頭(侵食基準点)が「徳佐盆地」に達する直前の場所は,「長門峡」とよばれる峡谷です。 仮に,「野坂火山群」が活動しなかったとしても,阿武川はこの場所までは達したと思われます。 その場合,阿武川は「長門峡駅」から左側の「篠目川」の部分だけしか奪えなかったろうと想像します。 |
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